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批評

Dance Sanga
Studio Showing
Vol.2

Photo:Yukihiko YOSHIDA、Dance Sangaの会場前

Dance Sanga Studio Showing Vol.2

 中村恩恵のDance SangaはStudio Showingを行った。今回は中村自身のみならず、スタジオでWSを受講してきた若手作家たちがその作品を発表した。

 冒頭、中村が現れると水の印象を描いた"a Dance"がはじまる。日常世界では素朴な印象を感じさせるこのアーティストは手を宙に走らせるとごく自然にバレリーナへとトランスフォームし、森羅万象を叙情的に、時に抽象的に踊っていく。大気の感触を大切にしながらピュアなダンス、活きる喜びを関させる表現が見事だ。続くワークショップ生や子どもたちの作品でも純粋に踊る喜びを大切にしていることや森、自然に世界を感じ取ること、身体に対して明確なConceptionを持つことを重んじている作家の姿勢を感じ取ることができた。現代のダンスシーンで若手作家として活動をしている面々も少なくなくないのだが彼らの思考を重んじながら肉体を通じて考えることを伝えているような印象も受けた。

 続いてWS受講生たちの作品やJiri Kylianの作品の1シーン(”Whereabout unknown”より抜粋)が上演された。若者たちのWS作品はそれぞれの素材を活かした完成度の高い作風が興味深い。

 そして廣田あつ子による「ひかりの素足」 が上演された。中村と廣田が小さな台にのってパフォーマンスのようにゆっくりとポーズをとっていく。台の上で立っているだけだったり、腕をゆっくりと動か すだけとごくシンプルなのだが踊り手の肉体が作りだす表情は実に丁寧だ。その場を流れる空気とそれぞれの皮膚から発せられる感情がゆっくりとこだましあう。廣田のなめらなか肢体が発する表情が見事だ。中村も内に秘めた精神世界をゆっくりと外界へと放射しだす。やがて二人が踊りはじめると踊り手がシンプルな動きで形作ってきた存在感が踊りへと拡張され、ムーブメントとなって展開していく。豊かな感性を感じさせる作品である。作家はシャープにこの感受性の鋭さを磨いていくことが重要である。
 中村の試みはバレエのみならずモダンやコンテンポラリーダンスに対しても意義深いものといえ、この試みのこれからが楽しみだ。

(2008年4月27日 Dance Sanga in Honmoku YOKOHAMA)

http://d.hatena.ne.jp/yukihikoyoshida/20080427

 

a play of a play

中村恩恵『a play of a play』

イリ・キリアンの愛弟子、中村恩恵が、五人のダンサーとパーカッションの逸材、加藤訓子と共に、『a play of a play』を創作した。中村はネザーランド・ダンス・シアターでダンサーとして活躍した後、1999年に退団。 現在は振付に力を注いでいる。新作のタイトルはピーター・ブルックの著書の言葉「劇(play)は、遊び(play)である」をひねったもので、ダンサーに「架空の世界で精一杯戯れ、演じ、生きて欲しい」との願いをこめたそうだ。 舞台では厳粛なダンスを展開する一方、観客も巻き込んだゲームで楽しませた。

床に敷かれた四角い黒のリノリウムの一角が高く吊り上げられて白い裏を見せている。左右の階段踊り場にはドラム缶が、舞台上手にはマリンバが置かれている。上手階段を降りてきた加藤がドラム缶を手やマレットで叩き始めると、ダンサーが現れ、踊り始めた。随所にソロを置きながら、男女のペアや、二組みのペアが呼応するなど、次々に変化する。腕や体を思いきりたわめ、脚のバネを利かせて、精妙な身体言語で語り合う。加藤はマリンバから切っ先鋭い音やころがるような音を叩き出し、多彩な音色でダンサーを鼓舞した。

20分も経過し、吊るされていたリノリウムの角が解かれて床に広げられると、ダンサーの一人が「ゲームをしましょう」と観客に呼びかけた。二分された観客が、ある言葉から連想した言葉を投げ掛け合い、その言葉の幾つかを二人のダンサーが即興で表現する。「ハリウッド」など身振りにしにくい課題も、ダンサーは創造力で切り抜け、喝采を浴びた。言葉(虚構)と現実を繋ぐ実験を楽しむと同時に、言葉と動きで空想力を刺激する知的なゲーム。遊びの後では、背後の壁にダンサーのシルエットも投影され、彼らの動きが一段と示唆深く見えたから不思議だ。最後の中村のソロは、自在な身体の収縮が魂の発露のように心に迫り、思わず息を飲んだ。
(7月18日、彩の国さいたま芸術劇場・小ホール)

http://www.chacott-jp.com/magazine/around/tokyo_32_4.html

 

a play of a play

彩の国さいたま芸術劇場プロデュース 中村恩恵 新作2005 「a play of a play」

 中村恩恵が登場。しなやかな動きが、よどむことなく流れていく。川の流れや雲の動きを見ているときのような、自然と世界を相対化したときに感じる「自我」や「個」を超越した感覚のなかに、静かに引き込まれていく。ダンスならではの共感覚への誘いとでもいおうか。
 すぐに他のダンサーたちも登場し、群舞となる(それぞれが国際的に活躍する若手舞踊家だ)。お互いに踊りながら近づいては離れ、離れては呼び合う。それ ぞれの動きは、各自の身体がその瞬間に向き合い支えられている「場」の構造に反応しながら進行していく。考えてみれば、食事や睡眠といったひとりで行なう 動作であっても、食べ物や食器、寝台といった「外部」が、つねに身体との対話を行なっているのだ。世界の連続性。相互に補完し合う存在。そんなことを思わ せる前半部だった。また舞台後ろに映る「影」も、照明による実在の身体の「影」と映像として投射される「影」が混在し、暗示的な効果を生み出していた。
 中間部に面白い仕掛けがあった。ダンサーが客席に話しかけ、連想ゲームのような言葉のやりとりをきっかけに即興で動きをつくる「遊び(play)」を始 めたのである。ダンサーの目論見は成功し、客席と舞台は一体となって、「演芸・芝居(play)」を盛り上げた。そこには定義できない曖昧な時空が現れて いた。だが、それこそが本作品の狙いでもあったはずだ。あてどない歩行。過ぎてゆく時。生命の連鎖。身体のゆらぎ。
 後半部、太田雅公の衣装が見事な威力を発揮した。重ね着していた衣装をダンサーが時をおいて少しずつ脱いでいく。そのたびに新しい色が現れ、運動に異 なったリズムが招かれ、溶け合った。組み合わせを変えて繰り返される群舞のパートを経て、最後、中村恩恵がソロで踊る。照明が落ちていき、身体の運動範囲 が小さく、狭く、縮減していく。加藤のパーカッションもピアニッシモとなり、英語による詩の朗読を交えて──“Eternal”という言葉が耳に残る── 散発的に音が響く。身体の微細な動きに潜んでいる、強く、激しい、止むことのない力の波。充溢する振動。
 公演のチラシにはつぎのような言葉が記されていた。「永遠に定義されることのない何か。それを一瞬でも掴み取ろうとする解決のない探求」。今日のアー ト・シーンにおいて、ダンスがいかに成熟した表現にまで到達しているかを、この日の公演は十全に伝えていた。中村恩恵のダンスがこうした観点から追究され ていくのであれば、跳躍や回転といった肉体の運動性の披露とは別のレベルで、今後さらなる普遍的高みへと飛翔していくのではないだろうか。

reported by 堀内宏公

http://www.jazztokyo.com/live-report/v46/v46-2.html

 

Blackbird

Jirí Kylián & Megumi Nakamura "Blackbird"

Trapped! The dancer’s arms, head and shoulders are caught in an elastic tube extending to the unknown above. A voice can be heard from there. A formidable manipulator is at work, so it seems, until a black demon cuts the tube: Born at last!
Master choreographer Jirí Kylián, long time mentor of Nederlands Dans Theater (NDT), has styled his movement composition to suit the charismatic dancer Megumi Nakamura and complements her onstage performance with video projections displaying her other life. A variety of stills, one rapidly following the other, provide ample ground for her mimic expressiveness, as does her love duet with a virtual man and her longing solo.
Never does "Blackbird" become melancholy, since the dancer’s unique sense of humour will always force its way. Megumi Nakamura unrolls the course of an entire life from birth to old age and, with Kylián’s help, remains absolutely authentic in all her transformations.
A unique and mature work with a rare air of freshness, which incorporates video projections in a congenial way and, by the means of dance, renders a complete story of life.

Volkstheater(31 July, 21:00 02 Aug., 21:00)

http://www.impulstanz.com/basket/perfdetail.php?id=18&l=e

 

 
 
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